天台宗について

法話集

No.75優曇華(うどんげ)

 優曇は梵語のウドンバラの音写「優曇婆羅」を略した語で、古くからインドで神聖なものとされる樹木の名前です。この樹木は三千年に一度だけ花が咲くといわれる樹の名前で、経典の中では難値難遇(なんちなんぐう)、つまり「仏に会い難く、人身を受け難く、仏法を聞き難い」という、とてもめったに出会うことのできない稀な事柄や出来事を喩える話としてあらわれています。それはたとえば『大般若経』では「如来に会うて妙法を聞くを得るは、希有なること優曇華の如し」と説かれています。
 また『法華経』では、「仏に値(あ)いたてまつることを得ることの難きこと、優曇婆羅の華の如く、また、一眼の亀の浮木の孔(あな)に値うが如ければなり」と説かれ、大海に住む百年に一度海面に頭を出す一眼の亀が、風に流されてきた一つの孔のある浮き木の孔の中にたまたま頭をつっこむという、めったにない幸運で仏の教えにめぐりあうことを喩えています。
 伝教大師もまた『願文』で、「得難くして移り易きはそれ人身なり。・・・ここを以って、法皇牟尼は大海の針、妙高の線(いと)を仮(か)りて、人身の得難きを喩況し」と言い、人間として生をうけることの得難いことを、大海の中の一本の針を探すことや、須弥山(しゅみせん)の山頂から垂らした糸を山麓の針の穴に通すことに喩えています。
 私たちは不思議な縁によって人間に生まれ、妙法を聞くことができるのですが、これはあたかも優曇華を見ることや一眼亀と浮木の出会いの喩え話のように、めったにめぐりあうことのできない幸運なのです。この幸運をよく噛みしめ、仏教を毎日生きていくことが大切ではないでしょうか。
掲載日:2010年05月28日

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