天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 新年特別号

発行日:2008/01/01
福徳長寿 厄除けの「嵯峨面」
-京都・嵯峨野 藤原 孚石(ふじわら ふせき)さん-

 京都の嵯峨釈迦堂で行われる京の三大念仏狂言の一つ「大念仏狂言」。そこで使われる「嵯峨面」を造りつづける藤原孚石さん。父の先代孚石さんの技術を受け継ぐと共に、今では、十二支の干支も手がけている。

 京都の嵯峨釈迦堂で、行われる大念仏狂言は、重要無形民俗文化財で京の三大念仏狂言の一つ。
 もとは、弘安2(1279)年に十万上人が、聖徳太子の霊告によって大念仏の法力が如何に偉大であるかを滑稽味を加えて顕す、鉦・太鼓・笛などの囃子に合わせて演じられる無言狂言である。
嵯峨面とは、大念仏狂言で使われる面を模したものだ。昭和初期までは、厄除けや魔除けとして社寺の門前で販売されていたが、戦時中にその姿を消した。
 先代の藤原孚石さんが、その嵯峨面を復活させた。
 「父は京都の嵯峨に土産物、工芸品がないのを嘆いており、嵐山の観光保勝会とも話し合って、僅かに残された文献や、面の研究を重ねて復活させたと聞いています」。それが評判を呼んだ。
 学生だった頃から、父の仕事を手伝ってきた2代目の孚石さんが今も嵯峨面を作り続けている。
 当時は不動明王や舞楽の面、お多福など数種類だったが、今ではオリジナル面に加えて十二支も制作し、30種類近くを制作する。
 面の形は「張り子」といわれる手法。明治時代の古書を切り、幾重にも張り込んで作る。妻の和子さんの仕事である。「昔の和紙は、寒中に手で漉いたためにコシと粘りがある。京都寺町の古書店に頼んであるが、なかなか良いのが出ない」と藤原氏。その古書も、魔除けの鬼の面には漢詩、稚児やお多福にはかな文字と使い分ける。「服の裏地に凝るのと同じ。見えない部分にも表情がある」。
 2日ほど乾燥させたあと、数日間の陰干しをして、絵の具で色を付ける。下地の色を塗っては乾かし、最後に息を詰めて表情を描く。
 「父からのアドバイスは『おまえはおまえの面を作れ』でした。単に一生懸命だけでは面としてはつまらない。といって崩しすぎてもダメ」。
 「自分の生活の仕方、ものの考え方が作品の味になる。ゆっくりと、本物を見る目を養うことが大事です」と藤原さんはいう。
もうひとつの本業は日本画家である。京都市立美術大学日本画科卒業後、本名の藤原敏行として各地で個展を開催しながら、嵯峨面を作る。
 「両方ともが、私の仕事。どちらかだけとは考えたことがない」。
 今では、偽物も出回るほどの人気だか、その深い味わいは日本画で鍛えられた筆裁きに負う所が多い。裏面に貼られた「厄除御札」も掛け紐も、全部手づくり。福徳・長寿・厄除け・魔除け。一つ一つに人々の幸せを祈る藤原さんの気持ちが込められている。

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