私たちが穏(おだ)やかに仲良く暮らしてゆく上で挨拶という習慣があるのは、なんと素晴らしいことでしょう。
「おはようございます」「こんにちは」「ありがとう」「失礼します」「すみません」「こんばんは」「お休みなさい」。当たり前ですがいいですね。
もし心が閉じていて、挨拶というものがなかったら、沈黙があるか、要件のみか、ぶっきらぼうな会話しかない生活を暮らすことになるでしょう。それはそれは寂しく潤いのない乾燥した毎日になります。
「挨(あい)」は「せまる」とも読み、そばに近寄って軽く押し触れること、「拶(さつ)」も「せまる」と読み、ぎりぎりに近づいて強くせまることを意味します。
もともとの「挨拶」の意味は、師匠が論義問答をして弟子の悟(さと)りを試すこと、僧侶同士がしのぎを削(けず)って努力し切磋琢磨(せっさたくま)することで、禅宗系の言葉です。
挨拶を交(か)わせるのは、心が開いていて体調も良く、腹をたてていない、心配事がない、体の調子が良いなど、心身(しんしん)ともに穏(おだ)やかな状態にあるからです。お互いに挨拶を交わせば、たとえケンカしたばかりの二人でも、すっかり仲直りしてしまいます。挨拶を交わすことで、身も心も温和にすることができるはずです。