十年に一度の荒行に挑む
-大分・国東半島 六郷満山会-
神仏習合の郷・大分県、国東半島にある天台宗寺院でつくる六郷満山会(石光順照会長・大聖寺住職)は、去る三月三十日より四月四日までの六日間にわたり「六郷満山峯入」行を厳修した。この行は国東半島にある六郷満山の開祖・仁聞菩薩(にんもんぼさつ)の修行の聖地を巡拝し、険しい山や谷を約百五十キロの行程で踏破する荒行で、十年に一度行われる大業。峯入りには、天台僧約三十名と、連日に亘って一般行者百数十名が参集、無事満行を果たした。
初日三十日、これまで参拝だけであった御許山にある宇佐神宮の奥宮・大元神社で、開白護摩供を修し、峯入りの無魔円成を祈った。続いて麓の宇佐神宮本宮を参拝。
三十一日は、熊野磨崖仏(豊後高田市)の不動明王尊前で採灯護摩供を執り行い、道中の安全を祈願した後、峯入り行者一行は白装束にわらじ姿、錫杖を手にした僧侶を先頭に、百五十キロに亘る行をスタートさせた。この日は麓の胎藏寺、伝乗寺、岩脇寺を参拝、富貴寺近くの田んぼでの岩とび、富貴寺、智恩寺、妙覚寺などを巡り、長安寺に到着し宿泊。
三日目の一日は、長安寺を午前七時に出発。豊後高田市長岩屋地区の川中不動、天念寺を参拝し、道中最大の難所である「無明橋」へ。「無明橋」は、高さ百八十メートルの絶壁に架かる石橋で、幅は一・二メートル、長さ六メートル弱。欄干、手すりなどはないが、信仰心が有れば、落ちることはないといわれる。この日も行者一行は、鎖を伝って絶壁の岩山を登り、躊躇することなく渡り終えた。
後半の二日から五日も連日、各聖跡を巡拝、三日の夕刻に最終目的地の両子寺に到着。翌四日、同寺において結願護摩供を奉修し、六日間の荒行「六郷満山峯入」は満行を迎えた。
六郷満山
国東半島の中央にある両子山から放射状に約二十八の谷が広がっており、その谷を六つの郷に分けて六郷とよぶ。そこに開かれた天台宗寺院を「六郷満山」という。
本山(学問の地)・中山(修行の地)・末山(布教の地)の三山の組織を形成しており、これを総称して「満山」と呼ぶ。ほとんどの寺院が仁聞菩薩の開基といわれ、千三百年の歴史を誇る。
全国八幡の総本社である宇佐神宮の庇護と影響の下、奈良・平安・鎌倉時代を通じ、神仏習合の華麗なる仏教文化を生み出した。天台宗の波及とともにめざましい発展を遂げ、最盛期の平安後期には、六十五カ寺・宿坊も八百を越えたといわれている。