天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第66号

比叡山宗教サミット21周年
「世界平和祈りの集い」を開催

 比叡山宗教サミット二十一周年「世界平和祈りの集い」 が八月四日、比叡山延暦寺の一隅を照らす会館前広場において開催された。世界各地で依然として武力による暴力の応酬が続き、そのために悲惨な状況に苦しんでいる人々に一刻も早い平和の訪れることを祈ると共に、核兵器の廃絶や環境破壊の阻止など、人類が抱える喫緊の諸問題が早急なる解決に向かうよう、約千名にのぼった参加者達は、共々に真摯な祈りを捧げた。

 「世界平和祈りの集い」は午後三時より開始され、濱中光礼天台宗宗務総長の開式の辞後、半田孝淳天台座主猊下導師による法楽が執り行われた。続いて、半田座主猊下が平和祈願文を朗読。昨年、二十周年を迎えた「世界宗教者平和の祈りの集い」で総意とした「対立と憎悪の連鎖を乗り越え、宗教的寛容と慈悲の精神をもって和解に乗り出す」ことの必要性、そして、本年七月に開催された「平和のために提言する世界宗教者会議」(主催・WCRP)で、G8サミット(主要国首脳会議)の参加国首脳に訴えた「気候変動」、「核不拡散」など人類が直面する諸問題克服のための提言に言及。現在の危機的とも言える状況は、我々人類自らが招いたものであり「一人ひとりが良心に従って行う善こそが、世界に平和をもたらし、環境破壊を押しとどめ、悲しみと絶望の淵にいる人々を救うものとなります」と訴えた。
 半田座主猊下の平和祈願文朗読に引き続いて国内外の各宗教指導者が登壇、午後三時半の天台青少年と比叡山幼稚園園児らが打ち鳴らす平和の鐘を合図に、参加者全員で黙祷し、平和への祈りを捧げた。
 また、世界の宗教者から平和メッセージも寄せられ、バチカンのジャン=ルイ・トーラン枢機卿(教皇庁諸宗教対話評議会議長)及びパン・ワナメティー世界仏教徒連盟会長の「世界平和祈りの集い」に期待する声明文が披露された。
 昨年、広島の子どもたちが参加したのに続き、本年は広島県宗教連盟顧問の久保田訓章広島東照宮宮司が出席。自ら経験した被爆地の惨状を語り、「こんな思いを、他の誰にもさせてはならない」という被爆者の強い思念を伝えることの大切さを指摘、「被爆体験を継承することが核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を目指す取り組みであり、『平和を語る』ことだ」と訴えた。この後、ユニセフ募金寄託式、比叡山メッセージ朗読、『平和の合い言葉』唱和があり、武覚超延暦寺執行の閉式の辞をもって閉幕した。

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

ものの種にぎればいのちひしめける

日野草城

 人以外のものの中に「いのち」を感ずるのは、東洋、特に日本人独特の感性だといいます。西洋では、人間が中心で、自然は征服するためにあるという文化だからだそうです。
 これに対して、日本では古来からあらゆるものに神仏が宿っていると考え、自然を畏れ、共に生きていこうという考え方でした。
 ですから、植物の中にも「いのち」を感じ、使い古した道具の中にすら「魂」を感じてきたのです。
 それが、最近では壊れかけて「お金さえ払えば、何でも手に入る」「自分だけが大事で、他人や自然なんてどうでもいい」という風潮です。自分以外を思いやる基本トレーニングが出来ていないからでしょう。
 境内の一画で住職さんと檀家さんが一緒になって野菜を作っているお寺があります。住職さんは「食糧危機が来そうですから、自給自足できるようにしているのです」と言いますが、それは冗談。
 定年退職した檀家の人々が、有意義な第二の人生を送れるようにとの配慮からなのです。いわゆる生涯学習の一端です。
 農業経験のある人は、ない人に教えながら、すでに十年近くが過ぎ、今では立派な野菜が実っています。
 ジャガイモ、なすび、きゅうり、とうもろこし。みな夏の陽を浴びて輝いています。彼らはここでは「野菜の先生」と呼ばれてハツラツと生きています。
 「いのちが育つのは見ていて可愛いし、嬉しい」と「先生たち」は言います。野菜を育てる人たちは、また野菜のいのちに生かされていると言ってもいいでしょう。互いに触れ合い、自然から学び、大宇宙の中で生かされている「いのち」を知る。素晴らしいお寺の在り方です。「産地偽装」の心配もありません。
 収穫した野菜は、希望する人々にお裾分けするのだと言います。自分たちで作ったものを「美味しい」と食べてもらえるのが何より喜びだとも言います。
 夏の陽に輝いて、熱くなっている野菜を握りしめてみると、まさに「いのちがひしめいている」という感じでした。

鬼手仏心

飛騨高山の旅  天台宗出版室長 谷 晃昭

 
 八月もお盆を過ぎた頃から急に、秋めいてきた。
 その中、初めて飛騨高山を訪れる機会があった。群馬の自坊からだと上越回りで富山経由の高山行きが最短コースである。
 直江津を過ぎた辺りから、あいにくの雨。しかもかなり強烈な降りで、どうなることか、心配しつつ、富山で乗り換え、いざ高山へ。
 幸い高山駅に降りる頃は雨も小休止の模様だった。一同、レンタカーの座席に着くのを待っていたかのように、またまた雷付きの土砂降りになった。誰の所業のお陰か知らないが、とにかく濡れずに済んだ。
 「夕立は急がぬ人の先を降り」の譬えもあるので、夕立をやり過ごすことにする。急ぐ旅でもないから、食事でもと思い、噂の飛騨牛を賞味しつつ待つこと暫し。
 小降りになったのを幸いに高山市内観光へ繰り出した。高山祭りの屋台やら、上三之町付近の古い町並みやらを見物する。
 高山は町の各所に清流の流れる小川があり、夕立の後の涼しさを増した空気と相まって、清々しい雰囲気である。 もう一つ町の雰囲気を落ち着いたものにしているのが、通りの各所に置かれた縁台風のベンチである。
 疲れたらいつでもどうぞというように、しかもさりげなく置いてある。それがいかにも優しそうな趣きを醸している。
 まあこれも自分自身が直ぐに腰を下ろしたくなる年齢だからそう思うのかも知れないが、その心遣いになんとも言えずに心地良くなる。
 思えば、後期高齢者介護保険料の年金からの天引き問題やら、高齢者医療やら、孤独死やら、年老いた者に厳しい風の吹く今の世である。
 この町の持つ優しさを殊更に嬉しく感じ、心にも涼風が吹き抜けた旅であった。

仏教の散歩道

この世は「火宅」

 東京の秋葉原で無差別殺傷事件が起きました。そればかりでなく、連日のように嫌な事件が起きています。
 「困ったことだ」「何が原因だ?」「どうすれば世の中をよくすることができるのか?」
 人々はそう語り合っています。
 けれども、仏教者であれば、ここで注意すべきことがあります。それは、仏教は、この世を「火宅」と考えていることです。これは、『法華経』という経典の中で説かれていることなんです。すなわち
 《三界は安きこと無く、猶(なお)、火宅の如し》〈この世界は安穏(あんのん)ではない、あたかも燃え盛る家のようだ〉
 《汝等(なんじら)は楽(ねが)って、三界の火宅に住することを得ること莫(なか)れ》(あなたがたは、この燃え盛る家に執着して居座ってはならない)
 とあります。わたしたちが住んでいる世界は、「火宅」(燃えさかる家)であって、決して住みよい世界ではありません。
 世界が火宅であるのは、なにもいまに始まったことではないのです。釈迦世尊がおいでになった時代から現在にいたるまで、ずっと火宅であったのです。
 わたしたちは最近の世相がおかしくなったと思っていますが、じつは少年犯罪については、むしろ減少しているのです。少年の凶悪犯-凶悪犯というは、殺人、強盗、強姦、放火の四大犯罪を犯した人です-の数は、一九六〇年の八千百十二人がピークでした。それ以降、減少を続けています。また、日本における少年犯罪の発生率は、世界水準からすればきわめて低いのです。
 にもかかわらずわれわれは、近年になって少年による凶悪犯罪が増えたかのように思ってしまいます。それはマスメディアの報道のせいかもしれません。マスメディアが事件を「これでもか、これでもか」といった態度で取り上げる。そうするとわたしたちは、その報道の踊らされてしまうのです。
 実際には、近年になって増加しているのは、六十五歳以上の高齢者によるもので、全犯罪の十パーセントを超えるまでになっています。年寄りは(わたしもその年寄りの一人なんですが)口癖のように、
 「最近の若者は怪しからん」
 と言いますが、怪しからんのは年寄りのほうなんですね。
 だが、それにしても、最近の日本はおかしな国になりました。なぜおかしな国になったのか? それは宗教心がなくなったからです。仏教の教えが説かれていないからです。
 いずれの時代であっても、この世は火宅です。その火宅に住むには、人間は競争してはいけないのです。ところが、小泉内閣以後、日本は猛烈な競争原理を導入し、格差社会をつくり上げました。そうすると、人々の心はすさんでしまいます。われわれ仏教者は、競争を助長する政治に「ノー」を言わねばなりません。その「ノー」を言うことが、仏教者の責務だと思います。

カット・酒谷 加奈

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